李正遠 – 一期生として入り、一度離れて、また戻ってきた

#03

INTERVIEW
社員インタビュー

一期生として入り、一度離れて、また戻ってきた。

外国人でも活躍できる、
ではなく
外国人だから活躍できる

2017年入社 / 2026年3月再入社

李正遠(イ・ジョンウォン)

スタジオのデスクで笑顔を見せる李正遠さん

株式会社PANDASTUDIO.TVで初めて採用された外国人社員、その一期生が李正遠さん(以下:李さん)です。2017年のことでした。

その李さんは一度この会社を離れ、9年近くの時間をはさみ、2026年3月に再入社された方です。いまは前職で培った録音の技術を展示会の現場で活かしながら、AIを使ったWebサイトの開発に挑戦し、韓国でのレンタル事業の立ち上げにも関わっています。

1本の日本映画との出会いから、留学、兵役、そして二度の入社まで。少し複雑な、けれど一本の線でつながった道のりを聞きました。

CONTENTS|目次

PROFILE|プロフィール

入社2017年(外国人社員一期生)/2026年3月(再入社)
担当展示会での撮影・録音サポート、AIを使ったWebサイトの開発、韓国でのレンタル事業の立ち上げ
出身韓国・ソウル

韓国・ソウル出身。高校2年の夏休みに1本の日本映画に出会い、日本で音響技術を学ぶことを決めます。高校卒業後すぐに兵役に就き、それを終えた2014年に来日。日本語学校を経て専門学校で音響技術を学び、2017年、新卒でパンダスタジオに入社しました。外国人社員としては一期生です。

録音部のアシスタントとして音の仕事を覚えていきますが、入社の翌年に録音部が別会社へ移ることになり、李さんもその会社へ移籍。以後は録音エンジニアとして、収録から納品までを担当してきました。

2026年3月、パンダスタジオに再入社。現在は展示会での撮影・録音のサポート、AIを使ったWebサイトの開発、そして韓国でのレンタル事業の立ち上げを担当しています。

01CHAPTERいま、担当していること

まずは自己紹介と、いま担当されているお仕事を教えていただけますか?

李正遠と申します。入社したのは今年、2026年の3月です。出身は韓国のソウルです。

仕事はいくつかありまして、まず、展示会に行って撮影をしたり、録音をしたりというサポートですね。前の職場でずっと録音の仕事をしてきたので、そこは自分の経験が活きるところかなと思っています。

それから、最近はAIを使った開発の業務も少しずつやらせてもらっています。そしてもうひとつ、韓国でパンダスタジオレンタルを立ち上げるという仕事を手伝っています。

スタジオの調整卓の前で正面を向く李さん
展示会の撮影・録音、AIを使った開発、韓国での立ち上げを担当

展示会では、具体的にどんなことを?

香港、中国、アメリカ、それから母国である韓国の展示会にも行きました。先輩を手伝いながらカメラとマイクで撮影をしたり、録音をしたり。会場によっては通訳もやりながら、という日もあります。

カメラも撮影も録音も、しかも通訳もやりながら、という現場は大変ではあるんですけど、いちばん「会社に貢献しているな」とやりがいを感じる場所でもありましたね。

韓国・ソウルの展示会「KOBA Show 2026」の現地レポート

AIを使った開発というのは、どんなお仕事ですか?

もともと私はエンジニアではないので、いまも勉強しながら、挑戦させてもらっているという段階です。

使っているのはAnthropicのClaudeと、OpenAIのChatGPTのCodexですね。いま主にやっているのは、お客様がレンタルにお使いになるパンダスタジオレンタルサイトの、デザインリニューアルの作業です。

わからないことがあれば、社内のエンジニアのお二人に聞いています。すべてを把握したうえでAIを使いこなすというレベルではまったくないんですけど、アドバイスをいただきながら、なんとか役に立てているのかな、というところです。

AIに指示を出すとき、韓国語と日本語をどう使い分けているんですか?

これは、たぶん「なんで?」と思われるんですけど。入力は韓国語で、返事は日本語でもらうという設定にしています。

自分の頭の中にあるアイデアを言葉にするのって、難しいじゃないですか。それを日本語にしようとすると、どうしても壁がある。韓国語のほうが、思ったとおりの言葉で指示が出せるんです。返事を日本語でもらうのは、判断に迷ったときにすぐ社内のエンジニアに見せられるようにするためですね。日本語で返ってきていれば、画面をそのまま見せられますし、スクリーンショットを撮って送ることもできますから。

韓国語で指示をしていて、困ることはないですか?

たまにClaudeのほうがバグって、「ごめんなさい、ソースコードに韓国語を入れてしまったので修正します」というのが出てくるんですけど(笑)。

韓国でのレンタル事業の立ち上げでは、どんなことをされていますか?

メインでやっているのは、法人設立の手続きサポートです。これができないと、韓国で人を探すことも、仕事を本格的に始めることもできないので。

現地の司法書士の方を紹介していただいて、必要な書類や流れを確認しています。韓国語で届いた書類を翻訳して、日本語としておかしくないかを韓国語版と突き合わせてから社内に渡す、という作業もありますね。あとは、日本語で探すよりも韓国人が韓国語で探したほうが早い情報もあるので、そういう情報を集める仕事もあります。

何がいちばん大変ですか?

まったく関わったことのない分野で、聞きなれない言葉が多いことですね。自分の国とはいえ、韓国語で見ても意味のわからない文章や、専門用語がずらりと並んだ書類が送られてきます。しかも法律の言葉は、単語ひとつ間違えるだけで意味が全然変わってきてしまう。やったことのない業務を、問題がないようにケアするのは、やはり大変です。

1日のスケジュールは、だいたいどんな流れですか?

出社したら、まずメールのチェックです。韓国から飛んでくるメールやチャットが最近かなり増えているので、それを確認して返信をします。

それが片づいたら、AIを使った業務ですね。機能を足したり、修正したり、バグを直したり。基本的に今は1日パソコンと一緒に仕事をしているという感じです。

デスクでキーボードを打つ李さんの横顔
1日パソコンと一緒に

やりがいを感じたこと、嬉しかったことを教えてください。

やりがいを感じたのは、「PANDA TIMES」のお問い合わせ管理画面を作って、実際に運用が始まってからですね。コールセンターの方々がそこからお問い合わせに返信されているのを見て、自分が作ったものがちゃんと仕事で使われているというのは、やりがいを感じます。

嬉しかったのは、また別のことで。パソコンやコーディングは、私にとってまったく無知の世界でしたけど、憧れはずっとあったんです。昔は勉強しないとできない時代でした。それが、何も知らない人間でも、AIと会話を重ねていく中で結果物ができる。アイデアがあれば何でもできる時代になって、それが実際に実現できるというのは、嬉しかったですね。

02CHAPTER韓国から日本へ ── 一期生だったころ

そもそも、なぜ日本に来られたんですか?

高校2年の夏休みに、たまたま『今、会いにゆきます』という映画を観たんです。それで、本当に感じたことのない感動といいますか、こんな素晴らしい映画があるんだ、と思って。

ちょうどその頃、韓国で作曲や音楽関係の仕事をしたいと思っていた時期でもありました。なぜか、韓国よりも海外で音響や音楽を勉強したいと、ただただ思っていたんです。

その映画がきっかけで、日本の映画やドラマにすごくハマって。よく聴いていたアルバムのクレジットをたどると、韓国でナンバーワンと言われるマスタリングエンジニアの方が「日本に留学していた」と記事で読んだんです。韓国でナンバーワンの人が日本に留学したのなら、私も行こうと決意しました。

韓国で男性は兵役があるので、高校3年が終わってすぐ入隊しました。周りの友達が大学に行く中で、私は受験はしていたんですけど、大学には行かずに軍隊に入って。兵役を終えてから、2014年に日本へ来ました。

一度目の入社について、どういった経緯でパンダスタジオに入社しましたか?

専門学校で音響技術を学んで、2年生から就職活動をしていたときに、たまたまパンダスタジオの求人を見つけたんです。

正直、名前だけ聞いたときは「何をやっている会社なんだろう」と思いました。でもサイトを見たら、パンダスタジオが東京テレビセンターというスタジオを持っていることがわかって。調べてみたら、韓国人でも全員知っているような有名な作品を、全部やってきたスタジオだったんです。そんな立派なスタジオで音響の仕事ができるなら、自分の夢が叶う。落ちたら落ちたでいいや、という気持ちで当時の人事の方にご連絡して、体験入社と面接を受けて、受かったという流れです。

入ってみたら、外国人社員の一期生だったんですよね。

そうなんです。私が、この会社で最初に採用された外国人社員のうちの一人でした。

パンダスタジオのポロシャツを着てスタジオに座る若いころの李さん
一期生だったころ

学生のときに想像していた仕事と、実際の仕事に、ギャップはありましたか?

大きくありましたね。ポストプロダクションって、残業は当たり前で、帰るにしても終電ギリギリまで収録。アシスタントは片づけもあります。この業界を甘く考えすぎていたな、と思いました。

当時、4階の407スタジオにあった録音畑の人ならば憧れるNeve DFCコンソールを使って、マイクやスピーカーにもこだわって、映画とドラマのセリフを録ってミキシングする……という、楽しいことばかり考えていたんです。でも実際のプロの現場は、決まった時間と予算で収録をして、納期までにセリフ合わせ、仕込み、ダビング、納品と進めなければいけない。ずっとピリピリしている現場の緊張感に囲まれながら仕事をする日も多くありました。自分がやりたいことばかりはできないし、やりたくなくてもやらないといけない仕事もある。そういうギャップでした。

暗いスタジオで調整卓に向かう李さんの横顔
パンダスタジオ浜町 11Fにあるスタジオで作業している様子

「一人前になったな」と感じた瞬間は覚えていますか?

最初に一人で任されたのが、収録したセリフに乗っているノイズを消す仕事でした。大手のゲーム作品のセリフを毎日すごい数録っていて、その分を全部きれいにして納品する。それをひたすらやっていました。

一人前になったなと思ったのは、もっと後で、4年目くらいですね。D社のドラマ作品のスタッフロールに、録音責任者として自分の名前が載ったときです。

それを家族に見せたり、知り合いがたまたま劇場で私の名前に気づいて連絡をくれたり。そういうときに、一人前になれたんだなと思いました。

調整卓のつまみを操作する李さんの手元
収録したセリフのノイズを消す作業
調整卓に向かう李さんを後ろから見た様子
一人前になったと思えたのは4年目

日本語での仕事に慣れるまでは、どうやって乗り切ったんですか?

とにかく人に聞きました。周りの先輩をつかまえて「すいません、これわかりません」と。

その場で知ったかぶりをすると、後で指示どおりになっていなくて、会社同士の問題につながることもありますから。わからないことは、その場でわからないと言って聞く。一人で作業していてわからないことは、翻訳アプリや検索で調べていました。

日本語がいちばん伸びたのは、いつ頃でしたか?

実は専門学校に入る前のガイダンスで、私、絶望したんです。周りの子の言葉がまったく聞き取れなくて。日本語学校では成績も上のほうで、先生からも褒められていて、「このまま日本の生活は問題ない」と思っていたのに。

うまく返せないから、だんだん声もかけられなくなった時期もありました。でもそこで仲良しのグループが何人かできて。私が変なことを言うと直してくれたり、「本にはそう書いてあるけど、実際に日本人がよく使うのはこれだよ」と教えてくれたり。日本語学校のときよりも、そこでぎゅっとレベルアップしました。

敬語に関しては、会社に入ってからですね。お客様と話すときは友達と話すのとは違いますから。そこは入社してから伸びたところだと思います。

03CHAPTER一度離れて、また戻る

一度、この会社を離れられたんですよね。

はい。入社して1年半ほど働いたところで、録音部が別の会社に売却されることになったという会社の事情がありまして。それで、まったく違う会社に一度移りました。

そこでも録音エンジニアとして仕事をしていました。世界各国に支社があるような、規模の大きい会社でしたね。

戻ってこられたきっかけは何だったんですか?

前の職場で会社の事情がいろいろあって、同僚や同期が次々と離れていく時期があったんです。ちょうど子どもも生まれていたので、将来が不安だなと思って、転職活動を始めました。

最初は録音エンジニアとして転職先を探していたんです。でも、録音エンジニアで転職しても、やる仕事も生活リズムも変わらないんだなと思いまして。そんなときに、私の同期がエレベーターで、西村社長にたまたま会ったらしくて、「韓国のビジネスを本格的にやりたいけど、韓国人を誰か紹介できませんか」という話を聞いてきたんです。

同期からそれを聞いた私は、10年ぶりくらいに社長に直接メッセージを送りました。「面談したいです。お時間ありますか」と。

そこからは早かったんですね。

面談をして2、3週間くらいでしたね。自分の中で転職することは決まっていたので、すぐに動いた、という感じです。

二度目の入社を決めた理由は何でしたか?

面談で今後の計画を聞いてみると、音響の仕事がメインにはならないけれど、展示会に行くときの撮影や録音で、自分がやってきた技術をある程度は活かせる。そう思ったのが理由のひとつです。

そして、韓国人として、韓国語を使って役に立てるということ。これも決め手でした。

あとは何よりも、この会社に対する信頼です。10年前に一度働いていますから、ここで韓国の仕事をするのであれば大丈夫かな、と思いました。

入社する前に、不安だったことはありましたか?

ふたつありました。ひとつは、やったことのない分野だということです。

前の録音エンジニアの仕事は、いただいたデータと台本で録音して、納品して終わり。自分が表に出てお客様と打ち合わせをすることは、ほとんどしなくても成り立っていたんです。それが、自分でお客様にメールを打って、スケジュール調整もして、というのを全部できるのか。韓国語はわかるけれど、韓国語でちゃんと仕事ができるのか、という不安もありました。

もうひとつは、家族のことです。海外出張が多くなるかもしれないとは聞いていたんですけど、ちょうど娘も一歳になったばかりだったので。小さい娘と妻を置いて海外に行くのは、正直、不安でした。何かあったらどうしよう、と。

2026年に再入社して最初のころ、大変だったことは何ですか?

ひとつは、その海外出張が立て続けにあったことです。入社した翌月に、香港、中国、アメリカと回りました。二度と経験できない、勉強になった出張でしたけど、よく聞き取れない言語の国で商談をするのは、やはり難しかったですね。

もうひとつは日本で仕事をしている時、自分がいま何の仕事をやればいいのかがよくわからないということでした。前は誰かがプランを全部組んでくれていて、自分がやることを順番にやればよかったんです。でもいまは、そのプランを立てるところから考えないといけない。自由度がある代わりに、自分でスケジューリングやプランニングをどこまでやるのか。そこが難しかったですね。

それは、どうやって乗り越えたんですか?

相談しました。社内の先輩方にいろいろ相談しました。

みなさんすごく気を使ってくださって。いまのデザインリニューアルでも、かなりのアドバイスをいただいています。

デスクで手を広げて話す李さん
社内の先輩に相談する

前に勤めていた会社と、特に違うと感じたことは何でしょうか?

自由度があるということですね。

自分がやってみたいことを社長に話すと、「すぐやってみればいいんじゃないですか」という感じなんです。前の会社は全世界に支社があるような規模でしたから、日本支社の一般の平社員が「やってみたいです」と言ったところで、意見はまったく聞いてもらえませんでした。自分が思う「やってみたい」を、計画を立てて報告できる。それは大きい違いだと思いますね。

前の会社での経験で、いま役に立っていることはありますか?

音響の知識は、展示会でマイクやスピーカー、ヘッドホンの話になったときに活きています。でも何よりも、コミュニケーションですね。

前の職場では、収録にディレクターさんや声優さんなど外部のスタッフが何人も来られます。自分が思う「こうしてください」を日本語できちんと伝えて、相手からフィードバックが来たら、それを理解して会話を前に持っていかないといけない。そこで身についたことは、いま活きていると思います。

同僚が画面を指しながら説明し、それを見上げて笑う李さん
周囲のサポートを受けながら、新しい挑戦を重ねる日常

04CHAPTER外国人だから活躍できる

いろいろな国の出身の方と一緒に働いていて、良かったと感じることはありますか?

外国人として、働きやすいということですね。

海外で働いている外国人って、私自身もそうなんですけど、慎重といいますか、考えすぎるところがあるんです。「相手はこう思っているんじゃないか」と思い込んで、外国人だから、もっともっと、という気持ちになる。特に録音は日本語を扱う仕事ですから、「外国人に日本語がわかるの?」「外国人が録音して、正しいか正しくないか判断できるの?」という当たりの強さを感じることが、以前はありました。もちろん全員ではないですけど、そういう方もいらっしゃって。だから、すごく気を使うようになっていたんです。

パンダスタジオでは、どのオフィスにいても、どの階にいても、必ず何人か外国人がいます。だから自分が外国人だということを意識せずに、気楽に働けますし、自分の意見を発することもできる。そこはメリットだと思いますね。

入社してから、新しくできるようになったことはありますか?

撮影ですね。展示会で先輩を手伝いながらカメラを使うようになりましたし、編集も少しできるようになりました。それから、AIを使った開発も、いま少しずつ覚えているところです。

あとは、レンタルで気になっていた機材をたくさん使えるというのは、すごくいい福利厚生だと思っています。録音エンジニアをやっていた頃から気になっていたマイクやカメラを借りて、検証できるんです。

同じ展示会の会場をめぐった巡回レポート

ほかに、身についたことはありますか?

メールの打ち方です(笑)。ビジネスメールというもの自体、そんなに打ってこなかったですし、韓国語でメールを打ったことがなかったんですよ。

韓国語を使うのは友達との電話やチャット、親との日常会話くらいでしたから。なので最近は、日本語でも韓国語でも、ビジネスでやりとりをする言葉を勉強しているところです。

これからやってみたいお仕事はありますか?

いまやらせてもらっているAIを使った開発が、すごく楽しいです。お客様がマイクやカメラを借りるときに、もう少し便利にレンタルができるんじゃないかというアイデアがあって。それをアイデアのままにせず、実際に使えるツールやサイトの形にしてみたいですね。

もうひとつは、展示会での撮影や録音です。いちばん会社に貢献していると感じられる場所だったので、そういう出張はこれからも増やしていきたいですね。

応募を考えている方に、この会社を紹介するとしたら、どんな会社だと説明しますか?

「外国人でも活躍できる」ではなくて、「外国人だから活躍できる」会社です。

よくあるじゃないですか。アルバイトの募集で「未経験者でもできます」「外国人でもできます」というの。そうではなくて、パンダスタジオは外国人だからこそ活躍できるという雰囲気なんです。

普通の会社は、外国人の応募が来たら「外国人だけど日本語は大丈夫かな」と思うはずです。もちろん、ある程度のコミュニケーション力や日本語力は必要だと思います。でもこの会社は、外国人だから活躍できる会社だと思います。

入社する前に、やっておくといいことはありますか?

日本にある日本の会社なので、日本語ができるのが一番の大前提だと思います。日本語で問題なく、明確なコミュニケーションが取れるように勉強しておくことですね。

社内はいろいろな国の人が混ざっているとはいえ、相手をするのは日本のメーカーさんがメインですし、セミナーにいらっしゃるのも日本のお客様がメインです。すべては日本語で始まって、日本語で終わるということがありますから。

あとは、いまはレンタルがメインの事業なので、ある程度の機材の知識があれば、ないよりはいいかなと思います。

最後に、これから応募される方へメッセージをお願いします。

これは、転職するときの私自身の気持ちなんですけど。

やらずに後悔するんだったら、やってみてから後悔すればいい。気になるのであれば、挑戦してみるということですね。

パンダスタジオでは、楽しく仕事ができますよ。

白い背景の前で横を向いて話す李正遠さん
話を聞かせてくれた李正遠さん

取材を終えて

李さんは、この会社で最初に採用された外国人社員の一人です。「私がいなかったら、皆さんいなかったかもしれない」と冗談まじりに話していましたが、外国人採用が当たり前になったいまの職場は、たしかに一期生から始まっています。

印象に残ったのは、AIへの指示を韓国語で書き、返事を日本語で受け取っているという話でした。理由を聞くと、アイデアを一番よく表現できるのが母国語だから、そして返ってきた答えをそのまま社内のエンジニアに見せられるから、というものでした。自分の得意な言語と、チームで共有するための言語を、意識的に分けているわけです。二言語を持っていることを、そのまま仕事の道具にしている人だと思いました。

「外国人だから活躍できる」という言葉は、その場ですぐ出てきたものではありません。しばらく考えて、言葉を選びながら出てきたものでした。前の職場で「外国人に日本語がわかるの?」と言われた経験と並べて聞くと、この一言の重さが変わってきます。

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